So-net無料ブログ作成

青森県弘前市:長勝寺 [青森県]

DSC07338.JPG

弘前藩歴代の藩主やその奥方の霊屋がある長勝寺の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「長勝寺(ちょうしょうじ)は、青森県弘前市にある曹洞宗の寺院。山号は大平山。本尊は釈迦如来。この寺は、1528年(享禄元年)大浦盛信が父光信の菩提を弔うため、菊仙梵寿を開山として種里(現在の西津軽郡鯵ヶ沢町種里町)に創建された寺である。寺号は光信の法号による。その後、賀田大浦(現在の弘前市賀田字大浦)に移され、大浦氏が堀越城に移るにあたり、現在地に移された。江戸時代にはこの地域における曹洞宗の僧録所であった。」と記載されています。


CIMG1714.JPG
DSC07332.JPG
DSC07336.JPG
DSC07345.JPG
DSC07349.JPG
DSC07351.JPG
DSC07352.JPG
DSC07362.JPG

伽藍 六角堂:Wikipediaからの抜粋
伽藍 六角堂.jpg

三門:Wikipediaからの抜粋
三門.jpg

津軽家霊屋:弘前市HPからの抜粋
津軽家霊屋.jpg

DSC07338.JPG



nice!(41)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

青森県弘前市:弘前城 [青森県]

aaDSC07433.JPG

冬の弘前城は投稿済みですが今回は緑豊かな背景の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「弘前城(ひろさきじょう)は青森県弘前市にあった城である。別名・鷹岡城、高岡城。江戸時代に建造された天守や櫓などが現存し、また城跡は国の史跡に指定されている。江戸時代には津軽氏が居城し弘前藩の藩庁がおかれた。江戸時代には弘前藩津軽氏47,000石の居城として、津軽地方の政治経済の中心地となった。城は津軽平野に位置し、城郭は本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の6郭から構成された梯郭式平山城である。創建当初の規模は東西612メートル、南北947メートル、総面積385,200平方メートルに及んだ。現在は、堀、石垣、土塁等城郭の全容がほぼ廃城時の原形をとどめ、1棟の天守、3棟の櫓、5棟の櫓門が現存する。天守は日本に12箇所残されている現存天守(江戸時代以前に建造された天守を有する城郭)の1つであり、国の重要文化財に指定されている。」と記載されています。

DSC07383.JPG
DSC07389.JPG
DSC07397.JPG
DSC07405.JPG
DSC07406.JPG
DSC07408.JPG
DSC07416.JPG
DSC07419.JPG
DSC07422.JPG



nice!(65)  コメント(1) 
共通テーマ:旅行

青森県弘前市:最勝院五重塔 [青森県]

aaDSC07276.JPG

最勝院五重塔の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「最勝院(さいしょういん)は、青森県弘前市銅屋町にある真言宗智山派の寺院。山号は金剛山。境内には重要文化財に指定されているものとしては日本最北に位置する五重塔がある。『津軽一統志』によると、天文元年(1532年)、常陸国出身の弘信が、堀越城下(現・弘前市堀越)に堂宇を建立したことに始まる。江戸時代初期に弘前藩2代藩主津軽信枚が弘前城を築城したことに伴い、慶長16年(1611年)城の鬼門(東北)に当たり、現在地より北に3キロメートルほど離れた田町に寺院を移転し、弘前八幡宮の別当寺とされた。12か寺の塔頭寺院を従え藩の永世祈願所となった。近世には僧録所として、津軽藩領内の寺社を統轄する立場にあった

五重塔は寛文7年(1667年)に完成した旧大円寺の塔で方3間、総高31.2メートル(相輪含む)である。津軽藩3代藩主津軽信義、4代津軽信政の寄進により、前後10年以上をかけて建立された。国の重要文化財指定の五重塔としては日本最北端に位置する。心柱は角柱で、初層天井から立つ。江戸時代建立の塔であるが古式を残し、軸部の逓減率[2]が高く、バランスの取れた優美な塔である。初層は正面のみを連子窓、他3面を丸窓とし、2層以上は窓や構造材の意匠に変化をもたせている。」と記載されています。

DSC07265.JPG
DSC07266.JPG
DSC07267.JPG
DSC07268.JPG
DSC07270.JPG
DSC07275.JPG
DSC07293.JPG
DSC07294.JPG
DSC07300.JPG

五重塔(国の重要文化財):Wikipediaからの抜粋
五重塔(国の重要文化財).jpg



nice!(35)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

青森県:青函連絡船八甲田丸 [青森県]

DSC07052.JPG


学生時代、年2回北海道に帰郷るときに数回利用した懐かしい思い出の青函連絡船、青森市に保存されている八甲田丸の映像です。

Wikipediaからの抜粋ですが「青函連絡船(せいかんれんらくせん)は、1908年から1988年までの間、青森県の青森駅と北海道の函館駅との間を結んでいた日本国有鉄道(国鉄)・北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道連絡船である。航路の名称は青函航路、営業キロ上の距離は、113.0km(擬制キロ)で、他の国鉄連絡船とは異なり、外洋航路扱いとされていた。青函連絡船は旅客に加え、船尾より船腹に鉄道車両をそのまま積み込んで津軽海峡を越える鉄道連絡船であり、言うなれば「海の上の鉄路」であった。

青函航路は、本州・北海道間の一般的な移動手段が鉄道であった時代には、メインルートの一部を担ってい。青森発着の特別急行列車(「はつかり」「みちのく」「白鳥」など)や夜行列車(特急「ゆうづる」、急行「八甲田」など)、函館発着の優等列車(特急「北斗」、「北海」、「おおとり」、急行「宗谷」、「ニセコ」など)や夜行普通列車は、青函連絡船との接続を重視したダイヤを組み、函館では深夜・早朝に発着する例も見られたが、札幌で時間を有効に使えることから、利用率はかなり高かった。

列車が青森駅や函館駅に到着した時には、連絡船乗り場へ向かう乗客でプラットホームや跨線橋がごった返す様子もみられ、荷物を抱えた乗客が乗り場へ競って駆け出すことから「桟橋マラソン」と呼ばれる光景を見せていた。

本州・北海道を結ぶ動脈の役割を担った青函連絡船は、1973年(昭和48年)に利用者のピークを迎えたが、航空機の利用の増加、国鉄の鉄道利用客の減少などの要因により、1974年以後は利用が減少傾向に転じ、歯止めは利かずに末期には閑散とした状況を呈した。1988年3月13日に青函トンネルが開通するのに伴い、同日をもって青函連絡船は廃止され、本州と北海道との連絡は青函トンネルを走る快速「海峡」や、新たに設定された寝台特急北斗星などにゆだねられた。

青函航路の青森発最終便となった青函連絡船八甲田丸をそのまま青函連絡船メモリアルシップとして保存されています。」と記載されています。

DSC07059.JPG
DSC07089.JPG
DSC07095.JPG
DSC07097.JPG
DSC07101.JPG
DSC07104.JPG
DSC07105.JPG
DSC07112.JPG
DSC07117.JPG

車両搬入口:Wikipediaからの抜粋
車両搬入口.jpg

操舵室:Wikipediaからの抜粋
操舵室.jpg

 
 

nice!(35)  コメント(3) 
共通テーマ:旅行

白神山地:世界遺産 [青森県]

aaRIMG0051.JPG

2006年7月撮影、世界遺産に登録されている白神山地の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「白神山地(しらかみさんち)は、青森県の南西部から秋田県北西部にかけて広がる山地で、人の手が加えられていないブナの原生林からなる地域である。白神山地は法隆寺地域の仏教建造物、姫路城、屋久島とともに、1993年、日本で最初に世界遺産に登録された。ブナの木は従来、椎茸栽培以外にはあまり役に立たない木であったために伐採を免れたと言えるであろう。ブナは沢山の小さな実を付けるために、果樹と同様に寿命が短く、寿命は200年ほどであると言われている。自然に放置して倒れたブナは他の樹木や生物の生存に欠かせない栄養分を供給する。白神山地のブナの原生林は樹齢の若いもの、大木、老木、倒壊し朽ちたものまであらゆる世代が見られる。もちろんブナだけでなく、カツラ、ハリギリ、アサダなどの大木も見られる。」と記載されています。

RIMG0036.JPG
RIMG0048.JPG
RIMG0052.JPG
RIMG0060.JPG
RIMG0063.JPG
RIMG0064.JPG
RIMG0078.JPG
RIMG0079.JPG
RIMG0080.JPG

白神山地の紅葉:Wikipediaからの抜粋
白神山地の紅葉.jpg

津軽峠の樹齢400年ブナ マザーツリー:Wikipediaからの抜粋
津軽峠の樹齢400年ブナ マザーツリー.jpg

暗門の滝(第一の滝):Wikipediaからの抜粋
暗門の滝(第一の滝).jpg

Wikipediaからの抜粋
World_Heritage_Site_in_Japan(ja).jpg

 
 
     
nice!(304)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

十和田市:奥入瀬渓流 [青森県]

RIMG0047.JPG

2008年7月撮影、暑気払いに奥入瀬渓流の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「奥入瀬渓流(おいらせけいりゅう)は、青森県十和田市十和田湖畔子ノ口(ねのくち)から焼山までの約14kmの奥入瀬川の渓流である。十和田八幡平国立公園に属する。国指定の特別名勝及び天然記念物。
渓流沿いにはいくつもの滝が点在し、この道は「瀑布街道」とも呼ばれている。十和田湖への魚の遡上を阻止してきた魚止めの滝でもある銚子大滝をはじめとして、阿修羅の流れ、雲井の滝等多くの景勝地がある。」と記載されています。


RIMG0086.JPG
RIMG0088.JPG
RIMG0091.JPG
RIMG0095.JPG
RIMG0107.JPG
RIMG0114.JPG
RIMG0122.JPG
RIMG0125.JPG
RIMG0130.JPG
RIMG0131.JPG
RIMG0141.JPG
RIMG0154.JPG
RIMG0161.JPG
RIMG0164.JPG

銚子大滝:Wikipediaからの抜粋
銚子大滝.jpg


     


nice!(230)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

青森県弘前市:長勝寺 [青森県]



2009年7月上旬撮影、弘前藩歴代の藩主やその奥方の霊屋がある長勝寺の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「長勝寺(ちょうしょうじ)は、青森県弘前市にある曹洞宗の寺院。山号は大平山。本尊は釈迦如来。この寺は、1528年(享禄元年)大浦盛信が父光信の菩提を弔うため、菊仙梵寿を開山として種里(現在の西津軽郡鯵ヶ沢町種里町)に創建された寺である。寺号は光信の法号による。その後、賀田大浦(現在の弘前市賀田字大浦)に移され、大浦氏が堀越城に移るにあたり、現在地に移された。江戸時代にはこの地域における曹洞宗の僧録所であった。」と記載されています。


DSC07338.JPG
CIMG1714.JPG
DSC07332.JPG
DSC07336.JPG
DSC07345.JPG
DSC07349.JPG
DSC07351.JPG
DSC07352.JPG
DSC07362.JPG

伽藍 六角堂:Wikipediaからの抜粋
伽藍 六角堂.jpg

三門:Wikipediaからの抜粋
三門.jpg

津軽家霊屋:弘前市HPからの抜粋
津軽家霊屋.jpg

投稿済み青森県関連映像
「青森県弘前市:弘前城 」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-08-09
「青森県弘前市:最勝院五重塔 」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-08-05
「青森県弘前市:津軽藩ねぷた村・ねぷたの館」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-08-03
「青森県:青函連絡船八甲田丸」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-07-15-4
「青森県:ねぶた祭」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-07-09-1


nice!(260)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

青森県弘前市:弘前城 [青森県]



2009年7月上旬撮影、冬の弘前城は投稿済みですが今回は緑豊かな背景の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「弘前城(ひろさきじょう)は青森県弘前市にあった城である。別名・鷹岡城、高岡城。江戸時代に建造された天守や櫓などが現存し、また城跡は国の史跡に指定されている。江戸時代には津軽氏が居城し弘前藩の藩庁がおかれた。江戸時代には弘前藩津軽氏47,000石の居城として、津軽地方の政治経済の中心地となった。城は津軽平野に位置し、城郭は本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の6郭から構成された梯郭式平山城である。創建当初の規模は東西612メートル、南北947メートル、総面積385,200平方メートルに及んだ。現在は、堀、石垣、土塁等城郭の全容がほぼ廃城時の原形をとどめ、1棟の天守、3棟の櫓、5棟の櫓門が現存する。天守は日本に12箇所残されている現存天守(江戸時代以前に建造された天守を有する城郭)の1つであり、国の重要文化財に指定されている。」と記載されています。

aaDSC07433.JPG
DSC07383.JPG
DSC07389.JPG
DSC07397.JPG
DSC07405.JPG
DSC07406.JPG
DSC07408.JPG
DSC07416.JPG
DSC07419.JPG
DSC07422.JPG

投稿済み青森県関連映像
「青森県弘前市:最勝院五重塔 」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-08-05
「青森県弘前市:津軽藩ねぷた村・ねぷたの館」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-08-03
「青森県:青函連絡船八甲田丸」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-07-15-4
「青森県:ねぶた祭」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-07-09-1


nice!(287)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

青森県弘前市:最勝院五重塔 [青森県]



2009年7月上旬撮影、今回の旅一番の目的、最勝院五重塔の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「最勝院(さいしょういん)は、青森県弘前市銅屋町にある真言宗智山派の寺院。山号は金剛山。境内には重要文化財に指定されているものとしては日本最北に位置する五重塔がある。『津軽一統志』によると、天文元年(1532年)、常陸国出身の弘信が、堀越城下(現・弘前市堀越)に堂宇を建立したことに始まる。江戸時代初期に弘前藩2代藩主津軽信枚が弘前城を築城したことに伴い、慶長16年(1611年)城の鬼門(東北)に当たり、現在地より北に3キロメートルほど離れた田町に寺院を移転し、弘前八幡宮の別当寺とされた。12か寺の塔頭寺院を従え藩の永世祈願所となった。近世には僧録所として、津軽藩領内の寺社を統轄する立場にあった

五重塔は寛文7年(1667年)に完成した旧大円寺の塔で方3間、総高31.2メートル(相輪含む)である。津軽藩3代藩主津軽信義、4代津軽信政の寄進により、前後10年以上をかけて建立された。国の重要文化財指定の五重塔としては日本最北端に位置する。心柱は角柱で、初層天井から立つ。江戸時代建立の塔であるが古式を残し、軸部の逓減率[2]が高く、バランスの取れた優美な塔である。初層は正面のみを連子窓、他3面を丸窓とし、2層以上は窓や構造材の意匠に変化をもたせている。」と記載されています。

aaDSC07276.JPG
DSC07265.JPG
DSC07266.JPG
DSC07267.JPG
DSC07268.JPG
DSC07270.JPG
DSC07275.JPG
DSC07293.JPG
DSC07294.JPG
DSC07300.JPG

五重塔(国の重要文化財):Wikipediaからの抜粋
五重塔(国の重要文化財).jpg

投稿済み青森県関連映像
「青森県弘前市:津軽藩ねぷた村・ねぷたの館」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-08-03
「青森県:青函連絡船八甲田丸」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-07-15-4
「青森県:ねぶた祭」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-07-09-1
nice!(274)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

青森県弘前市:津軽藩ねぷた村・ねぷたの館 [青森県]



2009年7月上旬撮影、弘前市の弘前公園側にある津軽藩ねぷた村・ねぷたの館の「ねぷた」映像をご覧下さい。国の重要無形文化財 弘前ねぷたまつり開催中(8月1ー7日)でライブ映像を撮りたいですが今年はパス!

Wikipediaからの抜粋ですが「弘前ねぷたは、青森県弘前市で開催される弘前四大まつりのひとつである夏祭り。大勢の市民が「ヤーヤドー」の掛け声とともに、武者人形や武者絵が描かれた山車を引いて市内を練り歩く。 扇ねぷた(扇型)と組ねぷた(人形型)をあわせると約80台ものねぷたが運行される。昭和55年(1980年)には国の重要無形民俗文化財に指定された。

ねぷたまつりの由来はさまざまあるが、
(伝説)平安時代の初期、征夷大将軍・坂上田村麻呂が、敵をおびき出すために大きな人形を作った。
(伝承)文禄2年(1593年)7月に藩祖為信が京都滞在中に盂蘭盆会で二間四方の大燈籠を出した。
(定説)江戸時代元禄期の後半からの「七夕祭りの松明流し・精霊流し・眠り流し」や「盆灯籠」などが融合変化し、現在の華麗なねぷた発展してきた。

弘前のねぷたが「neputa」であるのに対し、青森のねぶたは、「nebuta」と発音が違うが、これは昭和55年(1980年)の国の重要無形民俗文化財に指定されてから。

弘前ねぷたは1日開始なのに対し、青森ねぶたは2日開始であるのは、弘前は「出陣」で、青森は「凱旋」であるためで、順序は青森が弘前の後になる、と言われている。(この、弘前は出陣、青森は凱旋というのは近代になってからの祭りのイメージであって、祭りとはまったく関係無い)
形状としては、弘前は扇型が主体で、青森は人形の灯籠となるが、弘前のねぷたでも人形(組ねぷた)のものが相当数の割合で見られる。また、弘前の組ねぷたの場合、見送り絵と開きの部分がある。かつては弘前も組ねぷたが多かった。 」と記載されています。

aaDSC07394.JPG
DSC07385.JPG
DSC07440.JPG
DSC07441.JPG
DSC07443.JPG
DSC07445.JPG
DSC07447.JPG
DSC07449.JPG
DSC07457.JPG
DSC07460.JPG
DSC07467.JPG
DSC07469.JPG
DSC07471.JPG
DSC07472.JPG
zzDSC07392.JPG
zzDSC07443.JPG

2009年度ねぷたまつりリーフレット:Wikipediaからの抜粋
ねぷたまつりリーフレット.jpg

投稿済み青森県関連映像
「青森県:青函連絡船八甲田丸」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-07-15-4
「青森県:ねぶた祭」
http://takemovies.blog.so-net.ne.jp/2009-07-09-1


nice!(289)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。