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鎌倉:妙法寺 [鎌倉]

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「鎌倉の苔寺」とも呼ばれている妙法寺の映像をご覧下さい。

妙法寺は「建長五年(1253)日蓮上人が安房より鎌倉に入り、初めて松葉が谷に草庵を結ばれた、日蓮宗最初の場所です。文応元年(1260)8月27日松葉が谷法難にあってから、身延山に入山される迄20数年に渡り起居された場所です。松葉が谷法難の時に、日蓮上人に反感を持つ武士や僧らに焼き討ちにされましたが、草庵跡に日蓮を開山とする本国寺が建っていましたが、同寺が興国六年(1357)に京都に移ったので、その跡地に護良親王の遺子・日叡が、亡き父の菩提を弔い、また宗祖・日蓮上人の遺跡を守る為に、延文二年(1357)に再建しました。」と記載されています。


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ドイツ旅行:ミュンヘン・レジデンス宮殿宝物庫(7) [海外旅行]



2009年9月下旬撮影、2009年9月25日から10月8日までドイツの個人自由旅行(その日の気分と天気で詳細決定)に行って来ました。基本ルートは、ミュンヘンとバイエルン州の観光、ハイデルベルク/フランクフルト/ケルン観光、ベルリン/ポツダム/ニュルンベルグ観光で合計14日間の旅行です。2日間は曇り時々小雨でしたが天気には恵まれたたと思っています。移動方法は1日だけ友人の車でドライブ旅行でしたが残りの都市間移動は8日間のジャーマン・レイル・パスを利用し市内は地下鉄とバスを利用しました。特にトラブルにも遭わず無事帰国でき満足、満足の旅行でした。その旅行記録映像を数回に分割して投稿しますのでご覧下さい。

ミュンヘン・レジデンス宮殿宝物庫コレクション

ガイドブックからの抜粋ですが「レジデンス博物館-ミュンヘン・レジデンス宮殿宝物庫は、1565年にアルブレヒト公爵により創設されたヴィッテルスバッハ家の宝物庫は、1920年より博物館となり、130の部屋を見学することができ、現在ヨーロッパで最も重要な城館博物館の一つに数えられています。世界でも非常に高価なコレクションは、古代後期から、アルヌルフ聖体器(890年頃)、ギーゼラ十字架(1006年)などの中世、ゴシック後期とルネッサンスからバロックやロココ、古典主義まで広範囲なものです。また水晶や、宝石、象牙製の数多くの傑作に並び、教会美術、勲章や王冠王笏、ニュルンベルクとアウクスブルクの金細工技術で作られた食卓の調度品や化粧道具一式、異国風の芸術品などが展示されています。住居の部分や祝祭ホール、バイエルンの君主の宮殿内の礼拝堂などを一巡すると、異なる時代様式で造られた、歴史的な城館の全体像を体験することができます。」と記載されています。

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アザレア [花アルバム]

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大船フラワーセンターで撮ってきたアザレアの映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「アザレア は、ツツジ科ツツジ属に分類されるツツジ。別名を「西洋ツツジ」、「オランダツツジ」などと言う。もともと台湾のタイワンツツジがベルギーのプラントハンターによってベルギーにもたらされ、改良されて逆輸入されたものがこのアザレアである。常緑性の低木で、葉は厚みを持ち、毛がある。形は倒披針形で両端が尖る(先端ははっきりとは尖らない)。花は5弁の合弁花で、花色はピンク・赤などさまざまで八重咲きも多い。日本での主な生産地は新潟県などで品種改良も盛ん。鉢植えとして冬頃に出回る。冷蔵処理をされているため、5月であるはずの本来の開花期とは違う時期に開花株が出回る。」と記載されています。

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Wikipediaからの抜粋
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鎌倉:安国論寺 [鎌倉]

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日蓮上人ゆかりの寺、安国論寺の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「安国論寺(あんこくろんじ)は神奈川県鎌倉市大町(名越)にある日蓮宗の寺院。山号は妙法蓮華山。池上法縁。長勝寺・妙法寺と並び日蓮の鎌倉での布教の中心となった松葉ヶ谷草庵跡とされ、松葉ヶ谷霊跡安国論寺とも言う。開山は日蓮とするが、弟子の日朗が文応元年(1260年)に、日蓮が前執権北条時頼に建白した「立正安国論」を執筆した岩穴(法窟)の側に安国論窟寺を建てたのが始まりである。
裏山の富士見台からは由比ガ浜海岸を含む市内を一望でき、日蓮が富士山に向け題目を唱えたとされる。

なお東芝社長や経団連会長を務め、熱心な法華信者であった土光敏夫の菩提寺(墓所)でもある。」と記載されています。

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安国論寺:Wikipediaからの抜粋
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鎌倉:妙本寺 [鎌倉]

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鎌倉幕府内部で起こった政変で2代将軍源頼家の外戚として権勢を握った比企能員(ひきよしかず)とその一族が、北条時政の謀略によって滅ぼされた。その比企一族の菩提寺である妙本寺の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「妙本寺(みょうほんじ)は神奈川県鎌倉市大町にある日蓮宗の本山(霊蹟寺院)。山号は長興山(ちょうこうざん)で文応元年(1260年)の創建。開基は比企能本、開山は日朗、十界曼荼羅を本尊とする。
現在妙本寺のある谷戸は、現在は比企ヶ谷(ひきがやつ)と呼ばれ、鎌倉時代には比企能員(よしかず)一族の屋敷があった。比企能員は源頼朝の乳母、比企尼の養子であり、1180年以後は頼朝の信任を得て、御家人となった。源平合戦から奥州合戦まで数多くの功績があり、後に能員の妻は源頼家の乳母となり、その娘、若狭局(わかさのつぼね)は頼家の妻となり、頼家の子、一幡(いちまん)を生むなど、源氏とかなり深い関係を持つようになる。その後比企能員の変(ひきよしかずのへん)は鎌倉時代初期の建仁3年(1203年)9月2日、鎌倉幕府内部で起こった政変である。2代将軍源頼家の外戚として権勢を握った比企能員とその一族が、北条時政の謀略によって滅ぼされた。」と記載されています。

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祖師堂:Wikipediaからの抜粋
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石川県:日本自動車博物館(1) [石川県]



石川県にある日本自動車博物館の映像をご覧下さい。我が青春時代の愛車「日産サニークーペ1200GX」には遭えませんでしたが?

Wikipediaからの抜粋ですが「日本自動車博物館は石川県小松市にある自動車をテーマとした博物館。1978年(昭和53年)に富山県小矢部市にセメント販売業・石黒産業社長(当時)の前田彰三(初代館長)が個人収集した自動車をもとに開設。その後、道路建設に伴い、1995年(平成7年)に現在地に移転した。本館は赤レンガ造り風の3階建てで、延床面積11,550平方メートル。館内はメーカー、種類などに分けて展示されているほか、レストラン、ミュージアムショップが館内に併設されている。」と記載されています。

ダイアナ妃が来日した時に使用した英大使館車
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福井県:丸岡城 [福井県]



織田信長の家臣、柴田勝家に係わりのある丸岡城の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「丸岡城(まるおかじょう)は、福井県坂井市丸岡町霞にあった城である。江戸時代には丸岡藩の藩庁となった。
丸岡城は、福井平野丸岡市街地の東に位置する小高い独立した丘陵に築かれた平山城である。近世に、山麓部分が増築され、周囲に五角形の内堀が廻らされていた。
天守が現存する日本国内12箇所の城郭の一つで(現存天守)ある。城跡に、現存する建築は天守のみで、国の重要文化財に指定されている。
織田信長の家臣で、越前ほぼ一帯を領していた柴田勝家の甥である勝豊により築城され、後に関ヶ原の戦の勝者徳川家康の次男・結城秀康が入封し、丸岡城には秀康家臣の今村盛次が2万6千石を与えられ入城した。 その後、有馬氏丸岡藩6代の居城となり明治維新を迎えた。」と記載されています。

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丸岡城天守:Wikipediaからの抜粋
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フラワーセンターのサザンカ [花アルバム]

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入園料金で管理されているサザンカ、庭先にあるより少し艶やかに観えましたたが(笑)その映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「サザンカ(山茶花)は、ツバキ科の常緑広葉樹。秋の終わりから、冬にかけての寒い時期に、花を咲かせる。野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は赤から白まで様々である。童謡「たきび」(作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂)の歌詞に登場することでもよく知られる。日本では山口県、四国南部から九州中南部、南西諸島(屋久島から西表島)等に、日本国外では台湾、中国、インドネシアなどに分布する」と記載されています。

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