So-net無料ブログ作成
検索選択

おにゆり [花アルバム]


私の独断と偏見ですが’ゆり’ランキング一位はオニユリです。ゆりチャンでもなくさゆりチャンでもなくオニユリです。

Wikipediaによると「グアム東部、中国、朝鮮半島、日本に自生する。日本では北海道から九州の平地から低山で普通に見られ、一説には中国からの渡来種と言われている。草丈は1-2m程となる大型のユリ。葉は互生し、小さめの披針形で先端はゆるく尖る。茎は紫褐色で細かい斑点がある。花季は7月から8月で、花弁はオレンジ色、濃褐色で暗紫色の斑点を生じる。花弁は強く反り返る。種子は作らないが、葉の付け根に暗紫色のムカゴを作る。
むかご(零余子)とは植物の器官のひとつで栄養繁殖器官である。葉の腋や花序に形成され、植物体から離れ、地面に落ちるとやがて発根し新たな植物体となる。」と記載されていました

CIMG6875.jpg
CIMG6876-87988.jpg
CIMG6877-c9e14.jpg
CIMG6879-54744.jpg
CIMG6883-8d200.jpg
DSC04414-9974d.jpg
DSC04417-d60bb.jpg
DSC04419-3fe07.jpg
DSC04420-6608e.jpg
DSC04421-607a5.jpg
Image1-e8834.jpg
Image3-02653.jpg
Wikipediaより抜粋.jpg


nice!(33)  コメント(1) 
共通テーマ:旅行

豪徳寺 [東京都]

CIMG7531.jpg

幕末の大老、十三代井伊直弼の墓があり一度は訪れたいと思っていた所です。午後から雷と大雨、しばし本堂で雨宿り、誰もいない境内で雨と雷と豪徳寺の風景を十分堪能でき良い時間を過ごしました。

Wikipediaによると「豪徳寺(ごうとくじ)は、東京都世田谷区豪徳寺にある曹洞宗の寺院。元は臨済宗。山号は大渓山(だいけいざん)。一説には招き猫発祥の地とされる。寛永10年(1633年)彦根藩主井伊直孝が井伊氏の菩提寺として伽藍を創建し整備した。
招き猫発祥の地とする説は井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、雷雨を避け、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩提所としたという。」と記載されています。

CIMG7545-ed1cc.jpg
CIMG7583-ee0dc.jpg
DSC05595-a0ff7.jpg
DSC05599-c035a.jpg
DSC05600-c7bad.jpg
DSC05604-5d7fe.jpg
DSC05608-a3df2.jpg
DSC05614-4c172.jpg
DSC05618-4abb7.jpg
DSC05637.jpg
DSC05647-2244a.jpg
yyCIMG7562-deb6c.jpg
zzCIMG7565-c2ada.jpg



nice!(33)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

九品仏浄真寺(くほんぶつじょうしんじ) [東京都]

DSC04753-d63df.jpg

九品仏浄真寺を解説するには、奥沢城の歴史が必要です。

Wikipediaよりの抜粋ですが「奥沢城(おくさわじょう)は東京都世田谷区奥沢にあった城。奥沢城は、吉良氏によって築かれた平城。世田谷城の出城として用いられた。周囲の平野部に南の台地から北方に突き出た舌状台地上に占地し、台地上の九品仏浄真寺境内に方形の郭跡が認められる。九品仏駅前から台地東麓に掛けて城郭由来の地名が残ることから、城域は九品仏駅付近から台地端まで拡がっていたものと考えられる。

浄真寺の地は、もともとは世田谷吉良氏系の奥沢城であった。小田原の役後同城は廃城となったが、寛文5年(1675年)に当地の名主七左衛門が寺地として貰い受け、延宝6年(1678年)、珂碩上人(かせきしょうにん)が同地に浄真寺を開山した。
広い境内の本堂の対面に3つの阿弥陀堂があり、それぞれに3体合計9体の阿弥陀如来像が安置されている。 この9体はそれぞれ、上品上生(じょうぼんじょうしょう)、上品中生、上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生を表し、これをあわせて九品(あるいは九品往生)という。 この九品の仏から、浄真寺は通称「九品仏」と呼ばれている。
」と記載されています。

また世田谷区の花である’鷺草’について興味深い話が伝わっています。
世田谷HPからの抜粋ですが「世はまさに戦国時代。各地の大名が兵を起こし、群雄割拠の様相を呈していたころのこと。世田谷から衾村(ふすまむら)、碑文谷郷一帯は、世田谷城主吉良頼康の支配下にあった。頼康は、奥沢城主大平出羽守の娘常盤(ときわ)姫を側室として迎えた。やがて、常盤(ときわ)は子をみごもったため、頼康はことのほか常盤(ときわ)をいつくしむようになった。
血筋を絶やしてはならない大名のしきたりに従って、頼康には、常盤(ときわ)のほかに12人の側室がいた。彼女たちは、頼康を一人占めにする常盤(ときわ)をねたみ、「常盤(ときわ)様のお子は、殿のお子かどうか疑わしい」などと、まことしやかに頼康につげ口し、常盤(ときわ)への愛情を妨げようとたくらんだ。 

常盤(ときわ)の悪いうわさを、頼康は否定しながらも、心の中にはいつの間にかどす黒い疑惑の霧がたち込めていった。自然と常盤(ときわ)へも冷たい仕打ちをするようになった。とりなしてくれる者も無く、悲しみに暮れた常盤(ときわ)は、「いっそ死んで、身の潔白の証しにしよう」とまで思いつめた。奥沢城の父にあてて遺書をしたためると、小さいころからかわいがって、輿(こし)入れの際にも一緒に連れて来た、1羽の白鷺の足に結びつけ、奥沢の方角へ放った。主人のただならぬ様子をさとったかのように、白鷺は奥沢城目指してまっしぐらに飛び去った。ちょうどそのころ、衾村(ふすまむら)で狩りをしていた頼康は、この白鷺を見つけ射落としてしまった。みると、足に何やら結びつけてある。不審に思って開いてみると、姫から父へ覚悟の自殺を報じた文であった。驚いた頼康は、急ぎ城に帰ったが、時すでに遅く常盤(ときわ)は自害し果てた後であった。傍らには、死産の男の子の姿があった。疑いは晴れたが、もう常盤(ときわ)も子も戻っては来ない。深く後悔した頼康は、せめてもの償いにふたりの霊を慰めようと、領内の駒留(こまどめ)八幡宮に若宮と弁財天を祀ったのである。一方、使命半ばにして倒れた白鷺は、よほど無念だったのか、その地に鷺の飛翔する姿の花を咲かせる草になったという。」と鷺草についての話が伝わっています。

DSC04769-4dc4d.jpg
DSC04770-cc58b.jpg
DSC04771-40c00.jpg
DSC04774-69256.jpg
DSC04786-2a292.jpg
DSC04832-5fb12.jpg
DSC04834-56fda.jpg
CIMG6898.jpg
CIMG6976-730f7.jpg
DSC04838.jpg
DSC04839-c6f70.jpg



nice!(32)  コメント(1) 
共通テーマ:旅行

横浜市:ヘリコプタ搭載護衛艦ひゅう型護衛艦 [横浜市]

DSC09861.JPG

横浜大桟橋で一般公開されたヘリコプタ搭載護衛艦ひゅうがの映像です。

Wikipediaからの抜粋ですが「ひゅうが型護衛艦は海上自衛隊の護衛艦。全通甲板を持ち、自衛隊最大の護衛艦。船形には航空母艦や強襲揚陸艦同様の全通甲板構造を採用している。強化型MOFシステム(海上作戦部隊指揮管制支援システム)、国産の防空戦闘システムであるFCS-3をはじめとする新開発のC4Iシステムを採用し、旗艦としての指揮統制能力が強化されている。全通甲板などの設備により、航空機の運用性が向上していることから、艦載用に設計されていない陸上自衛隊機や、消防防災ヘリコプターなど民間機の離着艦も可能と見られている[5]。この性能を生かして、大規模災害時の海上基地としての機能も盛り込まれており、海上自衛隊が保有するMCH-101掃海・輸送ヘリコプターを搭載しての救援物資輸送や、救難飛行隊のUH-60Jによる傷病者の収容、消防や警察のヘリコプターに対する管制・補給支援が計画されている。また、自治体関係者による合同対策本部を収容できる設備が用意されているほか、集中治療室を含む医療設備を持つ。」と記載されています。

DSC09864.JPG
DSC09873.JPG
DSC09879.JPG
DSC09880.JPG
DSC09884.JPG
DSC09886.JPG
DSC09889.JPG
DSC09901.JPG

ひゅうが:Wikipediaからの抜粋
ひゅうが.jpg

一般公開日のDDH-181 ひゅうが:Wikipediaからの抜粋
一般公開日のDDH-181 ひゅうが.jpg

横須賀基地にて:Wikipediaからの抜粋
横須賀基地にて.jpg




nice!(34)  コメント(2) 
共通テーマ:旅行

高幡不動 [東京都]

DSC06676-64045.jpg

2008年9月中旬撮影、2008年10月上旬撮影、今回は東京都日野市にある高幡不動の五重塔と新撰組副長土方歳三の限定映像です。

Wikipediaからの抜粋ですが「金剛寺(こんごうじ)は、東京都日野市高幡にある真言宗智山派別格本山の寺院。高幡不動の通称で知られる。本尊は不動明王。寺号は高幡山明王院金剛寺と称する。

草創は古文書によれば大宝年間(701―704)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられるが、今を去る1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が清和天皇の勅願により東関鎮護の霊場を高幡山山上に開いたのが始まりとされ、「高幡のお不動さん」と呼ばれ人々の信仰を集めており、毎月28日の縁日には多くの参詣者で賑わう。

新選組副長として活躍した土方歳三の菩提寺である縁から境内には土方歳三の銅像や殉節両雄の碑がある。 歳三の墓のある愛宕山石田寺(あたごさんせきでんじ)は末寺のひとつである。」と記載されています。

CIMG9743.jpg
CIMG9744-cd9e7.jpg
CIMG9759-4b0d9.jpg
DSC06673-facea.jpg
DSC06682-5ccfc.jpg
DSC06687-ad5e8.jpg
DSC06695-e278e.jpg
DSC06700-01476.jpg
DSC06706-dc970.jpg
DSC06745-87b82.jpg

Wikipediaからの抜粋
E6A19CE381A8E4BA94E9878DE5A194ssk_28.jpg

土方歳三:Wikipediaからの抜粋
土方歳三:Wikipediaからの抜粋.jpg

函館土方歳三像:Wikipediaからの抜粋
函館土方歳三像:Wikipediaからの抜粋.jpg


nice!(33)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

キバナコスモス [花アルバム]

aaCIMG8752.jpg

近場の公園で咲いていたキバナコスモスです。

Wikipediaからの抜粋ですが「キバナコスモス(黄花―、学名:Cosmos sulphureus)は、キク科コスモス属の一年草[1]。コスモスの名を冠するが、オオハルシャギクとは同属別種にあたり互いを交配する事は出来ない。原産地はメキシコで、標高1600m以下の地域に自生する。18世紀末にスペインマドリードの植物園に送られ、ヨーロッパに渡来した。日本には大正時代の初めに輸入された記録が残っている」と記載されています。

CIMG8744-6718c.jpg
CIMG8745-ba86b.jpg
CIMG8746-0f5ad.jpg
CIMG8749-1987e.jpg
CIMG8750-94a68.jpg
CIMG8751-23581.jpg
CIMG8754-160a1.jpg
CIMG8755-8f228.jpg
CIMG9805-01794.jpg
Image1-229a9.jpg
Image2-04dc7.jpg
Image3-58e3d.jpg
Image4-15798.jpg

nice!(31)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

京都:南禅寺三門からの眺め [京都]

DSC06150.JPG

南禅寺三門が公開された時の映像をご覧下さい。

Wikipediaからの抜粋ですが「三門は寺院を代表する正門であり禅宗七堂伽藍(勅使門、山門、仏殿、法堂、方丈、鐘楼、経堂、浴室)の一つです。また山門とも書き、仏道修行のさとりの内容を示す空門、無相門、無作門をも意味しています。 南禅寺の三門は別名「天下竜門」とも呼ばれ、上層の楼を五鳳楼と呼び、日本三大門の一つに数えられます。開創当時のものは永仁3年西園寺実兼の寄進によって創立され、ついで応安年間に新三門へと改築されましたが文安四年の火災で焼失しました。

現在の三門は藤堂高虎が寛永5年(1628)に、大阪夏の陣に倒れた将士の菩提を弔うために再建したものであり、禅宗様式独特の圧倒的な量感と列柱群が力強さを示しています。」と記載されています。

DSC06153.JPG
DSC06162.JPG
DSC06163.JPG
DSC06166.JPG
DSC06169.JPG
DSC06174.JPG
DSC06179.JPG
DSC06181.JPG
DSC06185.JPG
DSC06186.JPG
zzDSC06178.JPG
zzDSC06179.JPG



nice!(35)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

尾瀬の絶景 [YouTube]

尾瀬の絶景.jpg

水芭蕉と至仏山の絶景風景をyoutube映像でご覧下さい。



http://youtu.be/2v-4PjBifS8
nice!(29)  コメント(1) 
共通テーマ:旅行

ロシア旅行:エルミタージュ美術館の外観 [海外旅行]

aaP1010534.jpg


2005年10月撮影、エルミタージュ美術館の外観映像です。

Wikipediaからの抜粋ですが「エルミタージュ美術館は、サンクトペテルブルクにあるロシアの国立美術館。 1990年に世界遺産(サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群)に包括登録されている。1764年にエカチェリーナ2世が収蔵品の収集を始めたのが、エルミタージュの起源である。本来はエカチェリーナ2世専用の美術館で、フランス語で「隠れ家」を意味する「エルミタージュ」という名称もそれに由来する。当初は王侯貴族の収集品を収めるだけで、一般向けの開館はしていなかったが、1917年に一般向けに開館した。」と記載されています。

P1010532.jpg
P1010536.jpg
P1010538.jpg
P1010540.jpg
P1010544.jpg
Rimg0077.jpg
Rimg0078.jpg
Rimg0127.jpg

Wikipediaからの抜粋
エルミタージュ美術館.jpg

Wikipediaからの抜粋
エルミタージュ美術館night.jpg

Wikipediaからの抜粋
ネヴァ川から見たエルミタージュ美術館.jpg




nice!(41)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

Mona Lisa ルーブル美術館:モナリザ [YouTube]

DSC04631モナリザ384.JPG

ルーブル美術館のモナリザyoutube映像でご覧下さい。



http://youtu.be/dgPrOIIEmyY
nice!(33)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。